外で風鈴が鳴っていた。
ゆっくりだったその音が、次第に激しくなり始めたのに加世は気付いていた。
風が出て来たのだ。
風が出て来ると共に、明るかった外の光が俄かに暗くなり始めた。
雨雲が近付いて来ているのだと知れた。
「ひと雨来そうだ」
ポツリと耕介が呟いた。
加世もそう思ったが無言で答えた。
「蒸し暑いはずだ」
また耕介が呟いた。
それは誰にと言う訳では無く、無意識に出た言葉のようだった。
部屋の中は次第に光が失われ、薄暗くなって行く。
蝉の声がジリジリとどこからか聞こえるのを、加世はどこか遠くの世界で聞いているような心持で聞いていた。
背にした壁はヒヤリと冷たいのに、反して背はジワリと熱い。
体温が上昇しているのだろう。
瞬間、外で光が走った。
鋭い、切れ味のいい刃物で切りつけたような、痛い光だった。
ビクリ、と耕介の体が震えた。
加世はまた無言でそれを見ていた。
程無くして、雷鳴が響いた。
光のような鋭さは無く、鈍く重い、圧し掛かるような音だった。
「雷」
初めて加世が小さく口にした。
ビクリ、とまた耕介が震えた。
形の良い加世の小さな唇を耕介の眼が捕らえ、しばらく吸寄せられるように見ている。
そしてしばらくの後に逸らすように伏せられた。
「僕は――」
伏せた目と入れ替わるように開かれた唇から言葉が漏れた刹那、また光が瞬いた。
先程より強い、焼き付けるような閃光だった。
途端に、地響きを伴った轟音が轟いた。
大地を裂かんばかりの大きな叫び声だった。
その轟音を聞きながら、加世と耕介は互いの息遣いを感じて対峙していた。
加世は壁に背を付けたまま、数歩離れた距離にいる耕介を見つめる。
耕介は変わらず目を伏せたままだ。
ただ体中で、加世の息衝いを感じているようだった。
それを気取られまいとして加世は呼吸を整えようとするが上手くいかない。
雷の音がそれを消してくれればいいと思う。
だがそう思った途端に、雷の音はピタリとしなくなってしまった。
静寂が薄暗い部屋を包む。
まるで固まってしまった人形のように、二人は動かない。
時が動きを止めてしまったかのように思われた。
風鈴が、りん、と鳴った。
加世は外に目を向ける。
ポツ、と音がした。
ポツ、ポツ。
窓に当たる音は小さくまばらだったが、すぐにそれが寄り集まった音へと変わって行った。
ザー、窓辺で大きな音がする。
大きな雨粒が窓に当たって砕けた。
流れる雫を、加世はしばらく見ていた。
雨だ、言葉には出さず、そう思った。
気付いた時には耕介はすぐ目の前に立っていた。
伏せていた目はもうしっかりと加世の双眸を見つめている。
「君が、好きだ」
男にしては赤すぎる唇から言葉が漏れた。
はっきりと、低い声がそう告げるのを加世は間近で聞いていた。
その時、遠くで雷鳴が響いた。
いつの間にそんなに遠ざかったのかと加世は思う。
耕介との距離に相反するかのように、急速に遠ざかったようだった。
逃げるように去った雷と、逃げられない距離に追い詰められた自分を比較していることに、加世はどこか奇妙な冷静さを感じた。
そんな冷静さはどこから来るのだろう。
いや冷静であろうとする一片の最後の理性に、冷静さを欠いた自分が縋っているだけなのかも知れない。
ともあれ、今はそんな事が重要事項ではなかった。
耕介の瞳は熱を帯びて潤み始めている。
今はもう加世の耳にも窓を打つ雨音は聞こえなかった。
風鈴の音も雷鳴も今は何も聞こえない。
大きく息を吸ったつもりが、震えて上手く吸えなかった。
「知ってる」
やっと出た言葉はそんな言葉で、けれどもそれは耕介の瞳を更に潤ませるのに十分だった。
加世は口を緩ませて笑おうとしたけれど変にぎこちない笑いになった。
けれどもそれが耕介には救いだった。
笑った加世の顔がすぐ目の前にある。
何より、見たかった笑顔がそこにある。
懸命に笑おうとする姿が健気だった。
息が上がりそうになるほど早鐘を打つ胸に頭が朦朧としながらも、その笑い顔がどこか庭に咲くヒマワリを思わせる――
耕介はそう思った。